盛岡家庭裁判所 平成3年(家)175号 審判 1991年12月16日
申立人 川井久 外1名
事件本人 ラ・マリアン・バレステロス・サントロゼ
主文
申立人らが事件本人ラ・マリアン・バレステロス・サントロゼを養子とすることを許可する。
理由
第1申立ての要旨
申立人両名は平成元年(1989年)1月27日婚姻した夫婦であるが、平成2年(1990年)7月頃から事件本人を引き取り生活を共にしており、事件本人を養子として育てたいので養子縁組の許可を求める。
第2当裁判所の判断
1 本件記録によれば、次の事実が認められる。
(1) 申立人久は昭和31年7月20日岩手県○○○郡○○村で出生し、地元の中学校を卒業後東京で調理の修業を積み、平成元年12月から岩手県内のレストランに調理師として稼動しているものであり、申立人ヘレンはフィリピン共和国国籍を有し、1958年(昭和33年)7月16日フィリピン共和国マニラ市で、同国国籍を有する父アルマジオ・ド・レミンゴ・サントロゼ、同母サリタリア・マルチネラ・バレステロスの第1子として出生し、フィリピン○○○○○○ユニバーシティを卒業後フィリピン○○○○○バンク等で会計事務の仕事に従事していたが、1986年(昭和61年)頃歌手として来日し、現在盛岡市内において歌手や英会話の個人教師の仕事に従事しているものである。
(2) 申立人久と同ヘレンは、ヘレンが盛岡市内のディスコに歌手として出演した際に、同所で調理師をしていた申立人久と知り合って交際が始まり、平成元年(1989年)1月27日に婚姻し、両名の間には長男卓(平成元年11月30日生)がいる。
(3) 事件本人は、申立人ヘレンの実妹であり、1979年12月27日マニラ市で、前記父アルマジオ及び母サリタリアの8番目の子として出生したが、母サリタリアが1982年1月28日交通事故で死亡したため、アルマジオはその後愛人ダイナと同棲するようになり、同人との間に2子をもうけている。しかし、事件本人はダイナとの折り合いが悪いうえ、父の収入が少なく経済的に困窮する状態であったため、平成2年(1990年)7月5日に姉である申立人ヘレンを頼って来日し、間もなく申立人夫婦宅に同居して今日に至り、現在盛岡市内の小学校4年に在学している。
(4) 申立人らはいずれも心身共に健康であり、経済的にも安定しており、事件本人を養育していくことが十分可能であり、事件本人は申立人久を「パパ」と呼び、よく馴染んでいる。
(5) 申立人らは、事件本人を養子としたうえ、今後同人の希望により、同人に勉学をさせたいと考えおり、同人も申立人夫婦の養子となることを希望している。
(6) 事件本人の実父アルマジオは、1990年12月6日付けで事件本人が申立人らに養子縁組させることに賛成する旨の同意書を提出している。
2 以上の事実に基づいて、本件申立の当否につき判断する。
(1) 法例20条1項前段によると、養子縁組は縁組の当時の養親の本国法によるものと定められているから、申立人久と事件本人の養子縁組については、久の本国法である日本法が、同ヘレンと事件本人の養子縁組については、ヘレンの本国法であるフィリピン法がそれぞれ適用されることになる。
(2) そこで、はじめに、申立人久と事件本人の養子縁組につき検討するに、上記認定事実に照らすと、久と事件本人との養子縁組については、事件本人の福祉上これを認めるのが相当というべきであり、日本法上要件的には何ら欠けるところがない。一方、法例20条1項後段によると、養子の本国法が養子縁組の成立につき第三者の承諾・同意又は公の機関の許可処分等を要するときはその要件をも充足することが必要である旨定めているところ、フィリピン法によると、養子縁組については実親の同意書(フィリピン家族法188条)及び裁判所の養子縁組決定(児童福祉法典「大統領宣言603号」36条)が必要であり、また、同大統領宣言35条によると、養子縁組決定前において、裁判所が養子をとる親に対し、少なくとも6か月間の監督付き試験監護を行うものとされているので(ただし、この期間は、裁判所の職権により児童の利益に合致するときは短縮・免除することができる。)、これらの点につき検討する。まず、事件本人の唯一の実親である父アルマジオが本件養子縁組に同意していることは前記認定のとおりである。また、フィリピン法により裁判所の決定を要するという趣旨は、日本法の家庭裁判所の許可の審判とは性質を異にするものではあるが、当該養子縁組が養子となるべき子の福祉に適うか否かの審査を裁判所に委ねた点では実質的には差異がないというべきであるから、日本の家庭裁判所の許可の審判をもってフィリピン法の裁判所の決定に代わることができるものと解すべきである。また、6か月間の監督付き試験監護についても、前同様の理由により日本の家庭裁判所において職権でその免除ができる性格のものと解すべきものであり、前記認定のような申立人らと事件本人の生活状況に照らせば、上記試験監護期間はこれを免除するのが相当である。
以上によると、申立人久が事件本人を養育、監護することは事件本人の福祉に適合するものであるから、申立人久と事件本人との養子縁組はこれを許可するのが相当である。
(3) 次いで、申立人ヘレンと事件本人の養子縁組につき検討する。
まず、上記養子縁組事件は、フィリピン国籍を有する申立人と事件本人間の渉外養子縁組事件であるから、国際裁判管轄権が問題となるが、前記認定のとおり申立人ヘレンと事件本人はいずれも表記住所に居住しているから、その裁判管轄権は日本国の裁判所にあるものと解される。
次に、申立人ヘレンの本国法であるフィリピン法によると、前記のとおり、養子縁組については実親の同意書が必要であり、また、養子縁組決定前における6か月間の監督付き試験監護を経たうえで裁判所による養子縁組決定を要するものとされているほか、養子が未成年者であること及び養親が養子より16歳以上年長であること(フィリピン家族法183条)、配偶者のある者が縁組するには、その配偶者とともに縁組をすること(同法185条)が要件とされているので、これらの点につき検討する。
上記のうち、養子縁組につき事件本人の実父が同意書を提出していることは前記認定のとおりである。また、養子縁組決定前における6か月間の監督付き試験監護を経たうえで裁判所による養子縁組決定を要するものとされている点についても、前記のとおり日本の家庭裁判所の許可の審判をもってフィリピン法の裁判所の決定に代わることができるものと解すべきであり、また、6か月間の監督付き試験監護に日本の家庭裁判所において職権でその免除をすることが相当であると解すべきものである。さらに、前記認定の事実によれば、事件本人が未成年者であること及び申立人ヘレンが事件本人より21歳年長であり、フィリピン家族法183条の要求する各要件を充たしていることが認められる。
ところで、フィリピン法においては前記のとおり配偶者のある者が縁組するには、その配偶者とともに縁組をすることが要件とされているところ、フィリピン法と日本法では養子縁組の形式的成立要件を異にするから申立人ら夫婦が双方同時に養子縁組をするための方式を充たすことが困難であり、結局夫婦が共同で養子縁組をすることは認められないのではないかとの疑問があるが、法例22条但書によれば、養親となるべき夫婦が同一場所に居住している場合には、養子縁組をする場所における縁組の形式的成立要件を満たすことにより、縁組を成立させることができるものとされており、本件においては、申立人ヘレンと事件本人との養子縁組についても養子縁組をする場所である日本の方式すなわち戸籍管掌者である市町村長に対する届出によって養子縁組が形式的に成立するものと解することにより、夫婦共同養子縁組の要件を満たすものと解して妨げないというべきである。
また、他に申立人ヘレンと事件本人の養子縁組がフィリピン法上の要件に抵触する点は認められず、結局、申立人ヘレンが事件本人を養育、監護することは事件本人の福祉に適合するものであるから、申立人ヘレンと事件本人との養子縁組は家庭裁判所においてこれを許可するのが相当である。
よって、本件申立は理由があるのでこれを認容し、主文のとおり審判する。
(家事審判官 小林崇)